【再掲/考察】MGSV:TPP 省略されない日常と、クワイエットの話

朝っぱらからMGSVの面白すぎる解釈を見ました。

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見ていてなんだか懐かしい気分になったので、昨年生まれて初めて「ブログ」という形で投稿した文章をここに再掲載しておきます。

星新一賞に出した『Frameout』すらまだ書きはじめていない頃なので、個人的に生まれて初めて「世界に売った(for free)」文章になります。プライスレスです。

拙いのはもちろんのこと、これを書いていた時期の僕はやけに性格が悪いです。別に伊藤計劃の「ごくろーさん」をリスペクトしたわけではなく、当時は『MGSV』という作品に対する風当たりがまだ激しく、僕も悪い意味で心が温まっていたのです。ご了承ください。

 

 

私は、クワイエットでいたかったわけではない。
言葉を使いたかった。
共通の言葉を使って、気持ちを伝えたかった。
私は復讐の為に近づいた。
私に与えられた言葉は「報復」だった。
でも、私が彼らと共有した言葉は……いや それは言葉ではなかった。
だから私は……彼らに感謝の言葉を使い、また静寂に還るのだ。
私は「クワイエット」。

私は、言葉ではない。

 

 クワイエットの話がしたい。

 TPPのストーリーは、彼女に何を与えただろう。登場した瞬間体に火をつけられ、肺を散々焼かれた末に人体改造。自分が燃やされたきっかけである、憎きスネークと再戦するもあっけなく敗北してしまう。ボスに拉致され、マザーベースに連てこられた次の瞬間、彼女はカズに口汚く罵られた。檻に閉じ込められてからも、クワイエットは兵士たちからの奇異の目に晒され続ける。何も語らない彼女の陰口は至る所から聞こえてきた。
 こんなにひどい状況の中で、クワイエットはどうして、スネークのバディになったのだろう。
 彼女は化け物と罵られながら、常にマザーベースを救おうとしていた。
 本人も語る通り、報復のために訪れたプラットフォームに。もちろん最初は逆らう余地なんてなかったけれど、声帯虫が変異した事故の後、自分が脅威になる可能性を察した彼女は自らDDを去ることになる。その献身のきっかけになる出来事も、それを物語る感動的なカットシーンも、TPPの本編には含まれていない。おかしなことだと思う。何より、TPPを穴だらけの未完成品だと声高に喚く人たちが、クワイエットの文句だけはあまり言わないってところが。言ってしまえば彼女こそがストーリーの欠陥だ。壮大なBGMでごまかしたのはイシュメールの夜逃げ(名曲)でも無慈悲な真実(名曲)でもなく、クワイエットのテーマ(名曲)だと思う。ピークォドの粋な一言を聞きながら、プレイヤーはあの光景になんとなく感動し、そしてなんとなく涙ぐんだりした。結果として、46話と違いこのシーンには全く批判がない。むしろ名シーンとか言われちゃって、実に呑気なものだと思う。

 

 まあ、実際泣けるんだけどね。

 

 なんとなくで誤魔化すのは良くないので、あのシーンがなぜ「泣ける」で済まされたのかを考えてみたい。本人が語った数少ない英語の中に、「彼らと共有したのは言葉ではない」というものがある。ここでいう言葉ってなんだろう。ようするに、それは上にあげつらったような「ストーリー」の部分、言語化可能な物語のことだ。さっき話した通り、カットシーンで語られる内容に、彼女の心境の変化を示すものなんて一つもない。だから、クワイエットが命を賭してスネーク達を守ろうとする理由は、言外から読み取ることしかできないのである。
 言外の意味とは何かというと、たとえば小説における行間の部分。映画なら、シーン中の「間」などがそれに当たるだろうか。「深い」と言われる作品は、たいてい言葉にならない省略の中にいろんなものを注ぎ込むわけで、ゲームだってもちろん例外ではないだろう。
 では、TPPにおける行間は何かと言えば、それはオープンワールドのことかもしれない。単にだだっ広いというだけではなく、今作のフィールドには時間や天候の流れがある。敵地に赴けば、兵士たちがが何気なく会話し始めたり、仮眠を取っていたりもする。物語って大抵は非日常的な出来事を描くものだけど、Vにはこうした日常の余白が存在するのだ。スネークの背後からしか状況が分からない、TPSという仕様の中に、しかし確実に存在するであろう広大な世界。今いる場所と地続きのどこかに、クワイエットは間違いなく存在していて、その事実がこの作品の「行間」なのだ。特筆するような出来事がなくとも、彼女はずっとマザーベースで過ごしている。その何気ない積み重ねが45話に収束するのだから、彼女の「動機」も具体的なイベントではありえないのだろう。

 しかし、そう考えるとTPPは中々すごいことをしている。小説や映画など、他の媒体では「語らない」ことで匂わせるしかなかった物語の省略を、このゲームは空間として実際に作ってしまっているのだから。MGSVは実際に行間を「描いて」いるし、プレイヤーも無意識にそれを読み取っている。でなきゃ45話のラストで胸打たれるはずがない。この作品に実在する空白の存在を、我々は間違いなく認知しているはずだ。
整理すると、クワイエットのいう言葉とは物語であり、彼女はその外側にある日常に意味を見出した。つまり、彼女は消失を通して物語そのものを否定し、その連なりから外れていったのである。クワイエットが語ったのは、もはや「TPPは物語ではない」という宣言に等しい。めちゃくちゃだと思われるかもしれないし、確かに小説や映画なら絶対に許されない発言だ。けれどMGSVというゲームは、これまでの作品が決して語ることのできなかった「空白」を、日常を実際に作ってしまっているのだから。彼女の口からこのようなことばが漏れるのは、この作品においてはむしろ必然だった。

 

 じゃあ、そんな風にTPPを描く意図ってなんだろう?

 

 前作のMGSPWでは、「平和は人間にとって不自然な状態である」というカントの引用で物語が始まった。その意味は、TPPを遊べばより一層理解できると思う。報復が連鎖し、戦争が起きている状態は何より「物語」として語り得るし、ある意味で違和感のない自然な状態だ。それ故、一章のラストでスカルフェイスを射殺することが、絶対的に「正しい」と感じる人も多かったのではないだろうか。物語は、あるいはそれを愛する人間の脳みそは、時として復讐を正当化してしまう性質を持つ(実際、人間の左脳はある種の「整合性」を作る装置らしい。詳しくはガザニガの『〈わたし〉はどこにあるのか』などを読んでみてね)。TPPの登場人物たちが、あそこまでして報復を渇望するのは、自分達の苦痛が無意味であることに耐えられなかったからだ。

 しかし、一方でTPPは別の言葉を残している。

「事実なるものは存在しない。あるのは解釈だけだ」

 ニーチェのことばを引用した小島秀夫は、はたして解釈に溺れ、報復で物語を繋ぐことを良しとしたのだろうか。つまり、「プレイヤーが自由に解釈していいよ」などという丸投げで全てを閉じようとしたのだろうか。もちろんそんなはずはない。今回、彼はオープンワールドという仮想現実を作り上げることで、解釈ではない「事実」の描写に挑んでいる。一章の物語とは打って変わり、バラバラな場所で起こる、まとまりの無い出来事に満ちた二章への違和感。それは単なるイベントの羅列であり、点と点が線でつながるという物語の根本的な快感を否定していた。二章は只の叙事なのだ。事実として出来事が「展開」することに、明確な理由は見当たらない。
 思い返してみてほしい。43話でスネークが仲間を失うきっかけは、報復の連鎖とは程遠い、虚しい事故に過ぎなかった。なぜそんなことが起きたのかという話ではなく、天災のように「起きてしまった」現実である。46話の「真実」だってそうだ。ビッグボスが二分されることに、物語としての必然性なんてあっただろうか?

 

 そう、理由なんて何もない。

 TPPという仮想現実の中で、制御不能な事態が彼らをそこへと追いやっただけ。二章にはあらゆる意味が欠如している――いわば、解釈不能な領域だ。

 オープンワールドという現実が存在し、そこにヴェノム・スネークという「実体」を用意されてしまった以上、プレイヤーは彼の肉体に幽閉され、スネークの見える範囲でしか状況を捉えることができない。あの人は何をしているの、とか、チコの死はなんだったんだ、とか……疑問が尽きないのは当然だけれど、答えが分かるのはあくまでスネークの知り得る範囲に限定される。映画『トゥモロー・ワールド』と同じように、これは見えるものと見えないものについてのゲームだ。全ての情報が与えられる生易しさとは無縁の、容赦ない世界の姿を描いている。

 このゲームはよく「MGS2に似てる」と言われるけれど、実際は真逆の様相を呈していると僕は思う。2が完全に制御され、すべての現象に意味がある人工の島を舞台としたならば、Vはそんな「プラント」から飛び立ち、意味を持たない現実に直面していく姿についての作品だ。制御不能な仮想現実が、現実と変わらない不条理をスネークに突きつけてくるおぞましさ。こんな世界の中では、報復なんて到底連鎖しようがない。
復讐の果てで何一つ得るものがないまま、スネークの日常は続いていく。TPPは物語ではない。「日常」が創られてしまった以上、彼らの現実にも結末なんてありえない。

 だからこそ、クワイエットの言葉は正しかった。彼女は「報復」という言葉の外側に立ち、意味を持たない永遠の空白を肯定することで、その連鎖から離れていったのである。リニアな物語ではない、物理的空間として描いた結果、今作ではキャラクターが「ストーリーを離脱する」ことが可能になっている。その証拠に、今作で空白に消えていったのは彼女だけではないはずだ。TPPにはもう一人、同じようにして全てを棄てた男がいる。おそらく46話で一気に評価を下げたであろうビッグボスもまた、「あらゆる報復の歴史の外側に立つ」ことを信条としていた。追い込まれた彼の逃亡は確かに残酷で、やるせないものだったかもしれない。プレイヤーを置いてきぼりにしながら、彼はただ前を向いて、オープンワールドのさらに向こう側へと旅立っていった。空白を拒絶しない彼の行動は、徹底して「天国の外側」を目指すことにのみ費やされる。ある種冷徹とも言えるその振る舞いは、我々に幻肢痛を与えもしたけれど、少なくともMGSの円環は彼によって繋ぎ止められているのである。


 ボスは一体、その果てで何を見つけたのだろう。
 僕たちにはやはり、知る由もない。